COVID-19と労働者のウェルビーイング研究

はじめに(調査の概要)

慶應義塾大学 総合政策学部 島津明人 研究室では,2020年6月より,全国の労働者1600名を対象とした調査・研究を実施しています。この調査・研究は,COVID-19パンデミックによる労働者の働き方の変化とそれに伴う労働者の健康,ウェルビーングとの関連を縦断調査により明らかにすることを目的としています。

調査の方法

調査開始時点において,インターネット調査会社に登録している20歳から59歳までの労働者(正規従業員,公務員)を対象に,2020年6月から,縦断調査を実施・継続しています。対象者の性別と年齢層が均一になるように募集をしました。対象者のデータは匿名化されていますが,インターネット調査会社のIDで管理され,追跡調査が実施可能となっています。

  • 倫理審査
    本研究は,公益財団法人パブリックヘルスリサーチセンター 人を対象とする研究に関する倫理審査委員会 (承認番号: 20E0004)および慶應義塾大学総合政策学部 環境情報学部 政策・メディア研究科研究倫理委員会(承認番号: 336)の承認に基づき実施しています。
  • 臨床試験登録
    本研究は,臨床試験登録をし,実施しています(UMIN試験ID: UMIN000040683)。
    試験名
    新型コロナウイルス感染症(CVID-19)のパンデミックによる働き方の変化と健康およびウェルビーイングに関する縦断研究
    Longitudinal study on work style change, health, and well-being due to pandemic of novel coronavirus infection (COVID-19)

調査項目

この調査では,性別・年齢・学歴・婚姻状況・子どもの有無・居住地といった個人に関する基本項目,職業・業種・企業規模・勤務地といった仕事に関する基本項目のほかに,コロナ禍における心理的ストレス反応,ウェルビーイング,主観的健康感,主観的幸福感,仕事の負担などの項目,ワーク・ライフ・バランスの状況などを聴取しています。質問票の内容は,調査時期に際して,改変をしています。

調査実施期間と回答者数・追跡率

第1回調査:2020年6月8日から9日 (1600名)
第2回調査:2020年9月9日から18日 (1425名,追跡率89.1%)
第3回調査:2020年12月8日から17日 (1385名,追跡率86.6%)
第4回調査:2021年3月8日から20日 (1345名,追跡率84.1%)
第5回調査:2021年6月7日から20日 (1252名,追跡率78.3%)
第6回調査:2021年9月6日から19日 (1283名,追跡率80.2%)

研究者紹介

島津明人: 研究代表者,慶應義塾大学 総合政策学部 教授
宮中大介: 株式会社 ベターオプションズ 代表取締役
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特任助教
榊原圭子: 東洋大学 社会学部 社会心理学科 准教授
森菜安奈: 山梨大学医学部歯科口腔外科学講座 医員
河田美智子: 政策・メディア研究科 博士課程
Fuad Hamsyah: 政策・メディア研究科 博士課程
佐藤悠稀乃: 政策・メディア研究科 修士課程
林昱衡: 政策・メディア研究科 修士課程
時田征人: 慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員

ミニレポート

コロナ禍における働く親のリカバリー経験とワーク・ライフ・バランス

2021年10月
執筆担当:Fuad Hamsyah、河田美智子、榊原圭子

1.はじめに(調査の目的)
日本では新型コロナウイルス感染対策のために、テレワークに代表される働き方の急速な変化が起こっている。このような変化は、感染防止効果に加え、働く場所・時間の自由度が増すことで、労働者のウェルビーイングへのポジティブな影響が期待される一方、仕事と家庭の境界がつけにくいなどのネガティブな影響も懸念されている。特に、15歳未満の子どもを持つ労働者は、子どもが通う小中学校の休校措置やオンライン授業への対応などにより、働き方の変化と合わせて、家庭における役割の変化や対応を余儀なくされている。
そこで、本ミニレポートでは、感染拡大期であった2020年9月時点の調査(1,404名)をもとに、15歳未満の子どもの有無によって、リカバリー経験や、ワーク・ファミリー・スピルオーバーの状況に違いがみられるかを報告する。
※なお、本調査全体は、トップページに記載の通り、インターネット調査会社に登録している20歳から59歳までの労働者(正規従業員,公務員)を対象に,2020年6月から,縦断調査を実施・継続しています。本ミニレポートは、そのうちの一部データを分析したものです。

2.結果
(1)15歳未満の子どもを持つ労働者の割合(図1)
日本全国の20-59歳の男女1,404人のうち、15歳未満の子どもを持つと回答した者は316人(22.5%)、15歳未満の子どもを持たないと回答した者は1,088人(77.5%)であった。

(2)15歳未満の子どもの有無によるリカバリー経験の平均値比較(図2)
4下位尺度のうち、「熟達」を除く、「心理的距離」「リラックス」「コントロール」の3下位尺度で有意な差があった(p<0.01)。図2の通り、15歳未満の子どもを持つグループの平均値(心理的距離:12.5、リラックス:13.2、コントロール:13.3)が、15歳未満の子どもを持たないグループの平均値(心理的距離:13.3、リラックス:14.5、コントロール:15.2)より、有意に低かった。

【参考A】「リカバリー経験」とは
リカバリー経験とは、就業中のストレスフルな体験によって消費された心理社会的資源を元の水準に回復させるための就業時間以外での活動のこと。「心理的距離」「リラックス」「熟達」「コントロール」の4つの側面で構成される。
「心理的距離」:仕事から物理的にも精神的にも離れ、仕事の事柄や問題を考えない状態。
「リラックス」:心身の活動量を意図的に低減させている状態。
「熟達」:余暇時間での自己啓発。
「コントロール」:余暇の時間に何をどのように行うかを自分で決められる程度。
<窪田和巳・島津明人・川上憲人 (2014). 日本人労働者におけるワーカホリズムおよびワーク・エンゲイジメントとリカバリー経験との関連. 行動医学研究, 20, 69-76.より引用>

(3)ワーク・ファミリー・スピルオーバーの平均値比較(図3)
ワーク・ファミリー・スピルオーバーは、その影響の正負(ポジティブかネガティブか)および影響の方向性(仕事から家庭か、家庭から仕事か)により4側面(参考B参照)から構成される(ネガティブなスピルオーバー:ワーク(W)→ファミリー(F)への影響、F→Wへの影響/ポジティブなスピルオーバー:W→Fへの影響、Fー→Wへの影響)。
これら4側面すべてにおいて、15歳未満の子どもを持つか持たないかの2群間で有意に差があった(p<0.01)。図3のとおり、15歳未満の子どもを持つグループのいずれもの平均値は、15歳未満の子どもを持たないグループよりも高かった。

【参考B】「スピルオーバーとは」
スピルオーバーは、一方の役割における状況や経験が他方の役割における状況や経験にも影響を及ぼすと定義され、複数の役割従事による負担や葛藤などのネガティブな感情だけでなく、ポジティブな感情にも焦点を当てたものである(島田・島津 2012)。ネガティブ・スピルオーバーは「人間がもつ時間や能力は有限であり,役割が増えると1 つの役割にさく時間や能力が足りなくなる」という欠乏仮説(Marks 1977)によって説明される。ネガティブ・スピルオーバーは,仕事から家庭(例: 仕事が忙しくて家族との時間を取れない)、および家庭から仕事 (例: 家庭の問題で悩んでいるために,仕事に集中するのが難しい)の2 つの方向性を有している。


<島津明人 (2014). ワーク・ライフ・バランスとメンタルヘルス:共働き夫婦に焦点を当てて. 日本労働研究雑誌, 653, 75-84.より引用>

3.考察
15歳未満の子どもの有無によって、リカバリー経験とワーク・ファミリー・スピルオーバーに違いがみられた。

(1)リカバリー経験
15歳未満の子どもを持つ労働者は、15歳未満の子供を持たない労働者に比べて、仕事をしていないときに精神的に仕事から離れ、仕事のことを考えないこと(心理的距離)、仕事から離れてリラックスし、仕事以外の自由な時間を楽しむこと(リラックス)、仕事以外の時間にやりたいことを決めたり、選んだりすること(コントロール)がしにくいことが明らかになった。これと異なり、15歳未満の子どもを持たない労働者は、仕事との精神的距離を取りやすく、リラックスして自由な時間を楽しみ、仕事以外の時間にやりたいことを自由に選ぶことできることが示された。
本レポートでは、リカバリー経験のうち「熟達」のみ子どもを持つ労働者と持たない労働者の間で有意差が見られなかった。この理由については、さらなる研究が必要である。

(2)ワーク・ファミリー・スピルオーバー
15歳未満の子どもを持つ労働者は持たない労働者に比べて、ネガティブ・スピルオーバー、ポジティブ・スピルオーバーともに高くなっていた。すなわち、15歳未満の子供を持つ労働者は持たない労働者よりも、仕事での葛藤の家庭へのネガティブな影響や、家庭内での葛藤の仕事へのネガティブな影響が大きいと言える。しかし同時に、15歳未満の子どもを持つ労働者の方が、仕事から家庭へのポジティブな影響、家庭から仕事へのポジティブな影響ともより大きかった。なお、スピルオーバーの大きさは、家庭から仕事へのポジティブな影響が最も大きく、次に仕事から家族へのポジティブな影響、仕事から家庭へのネガティブな影響、そして最も低いのが家庭から仕事へのネガティブな影響であった。

4.結論
15歳未満の子どもの存在は、働く親にとってのリカバリー経験の質を低下させる。しかし15歳未満の子どもの存在は、ワーク(仕事)とファミリー(家庭)のポジティブな相互作用と、比較的小さいネガティブな相互作用ももたらす。したがって、このような状況を調整するための施策を検討することが、15歳未満の子供を持つ働く親のウェルビーイングの維持・向上に貢献すると言えよう。

以上

詳細については、現在作成中の論文で報告する予定です。

活動実績(論文・学会発表・報告書・レポート・その他)

●論文

●学会発表

  • 島津明人・河田美智子・時田征人・宮中大介 (2021). コロナ禍における雇用不安定と心理的ストレス反応:3時点の縦断調査による検討.産業衛生学雑誌,63,P508,2021年5月24日(月),松本.
  • 河田美智子・時田征人・宮中大介・島津明人 (2021).仕事の退屈尺度日本語版(DUBS-J)の信頼性・妥当性の検討.産業衛生学雑誌,63,P551, 2021年5月24日(月),松本.
  • 時田征人,河田美智子,宮中大介,島津明人 (2021).COVID-19の感染体験による心理的ストレス反応への経時的影響.産業衛生学雑誌,63,P504,2021年5月24日(月),松本.
  • Kawada M, Tokita M, Miyanaka D, Sato Y, Shimazu A. The Distinctiveness of Boredom at Work, Workaholism, and Work Engagement among Japanese Employees. Poster presented at: ICBM-16th (International Congress of Behavioral Medicine); July 15-18, 2021; Glasgow, UK.
  • Sato Y, Kawada M, Tokita M, Miyanaka D, Sugawara K, 5Shimazu A. The Longitudinal Relationship Between Self-compassion and Happiness Among Japanese Employees During COVID-19 Pandemic. Poster presented at: ICBM-16th (International Congress of Behavioral Medicine); July 15-18, 2021; Glasgow, UK.

●報告書・レポート

●その他


情報の引用の際には「慶應義塾大学総合政策学部島津研究室『COVID-19と労働者のウェルビーイング研究』より URL:https://hp3.jp/project/study-on-covid-19-and-worker-well-being」と記載をお願いします。