2020年度

ソーシャルメディアを活用した自殺対策に関する研究 > 2020年度

研究計画

本研究は,(Ⅰ)ソーシャルメディアの使用とメンタルヘルスに関する概念整理,(Ⅱ)ソーシャルメディア使用についての実態把握,(Ⅲ)大学生および(Ⅳ)労働者を対象とした仮説モデルの検証,の4点を目的としました。

調査準備のフェーズでは,文献調査とインタビューを実施しました。文献調査では, ソーシャルメディアの使用とメンタルヘルスに関して近年実施された国内外の研究について文献調査を行い,関連要因を整理しました。インタビューでは大学生13名,労働者8名を対象に、個別(1時間)かグループ(2時間)の半構造化聞き取り調査を行い,ソーシャルメディアの利用によるポジティブ/ネガティブな体験・救われた体験,ソーシャルメディアの利用がもたらす心身の健康・生活・周囲への影響,ソーシャルメディアの負の影響の防止策等について,探索的な検討を行いました。

予備調査のフェーズでは, ソーシャルメディアの利用実態を把握するために,探索的なWeb調査を,大学生382名(男性182名,女性200名)および労働者1200名(男性600名,女性600名),合計1582名(男性782名,女性800名)を対象として実施しました(2021年1月6-13日)。

本調査のフェーズでは, ソーシャルメディア使用とメンタルヘルスおよび希死念慮との関連について仮説モデルを検証するため,Web本調査(大学生)(男性800名/女性800名;2021年2月5-12日)とWeb本調査(労働者)(1600名, 男性800名/女性800名;2021年2月5-9日)を実施しました。

また調査結果を将来的に実践現場で応用することなどを踏まえ,研究期間中,定期的に専門家による講義を受けました。

図 2 プロジェクトの全体像(2020年度)

主要な結果

以下に,文献レビュー,グループインタビュー,予備調査,本調査(学生),本調査(労働者)を通じて得られた主要な結果を,以下の7点に要約します。

1. 大学生におけるソーシャルメディアの使用時間の増大

予備調査では,大学生が多くの時間をソーシャルメディア使用に費やしていることが明らかになりました。大学生では26.9%が休日に5時間以上もソーシャルメディアを使用していました。コロナ禍によってソーシャルメディア使用時間が増えた者の割合は,大学生では75.0%と大きく,特に1年生ではソーシャルメディアの使用時間が「かなり増えた」者が30.9%にのぼりました。

2. 使用目的によるソーシャルメディアの使い分け

ソーシャルメディアは,各自の目的に応じて使用されていました。例えば,LINEは知人との連絡,Twitterは興味のある情報や最新の情報収集や暇つぶし,Instagramは興味のある情報収集や暇つぶし,Facebookはネットワーキング,YouTubeはエンターテイメントのように,使用目的に違いがありました。

3. ソーシャルメディアの使用時間とメンタルヘルス

予備調査では,大学生において,平日・休日にかかわらず,ソーシャルメディアの使用時間とメンタルヘルスとの間にU字型の曲線関係が認められました。1日の「2時間以上3時間未満」までは負の関連(自殺念慮が低くなる)が認められたのに対して,「2時間以上3時間未満」を超えると正の関連(自殺念慮が高くなる)が認められました。

4. ソーシャルメディア使用の有無,頻度とメンタルヘルス

大学生および労働者の両グループにおいてソーシャルメディアを全く使用していないことは,希死念慮,自殺念慮の高さ,およびウェルビーイングの低さに関連していました。労働者では上記に加えて,ソーシャルメディアを全く使用していないことが,心理的ストレス反応,孤独感の高さ,ワーク・エンゲイジメントの低さにも関連していました。

5. 「毎日欠かさず」使用しているソーシャルメディアの種類とメンタルヘルス

LINEやInstagramを毎日使用していることは,ウェルビーイングの高さと関連していました。
Twitterを毎日使用していることは,孤独感の高さと関連していました。Twitterを毎日欠かさず利用している大学生は孤独感が,労働者は心理的ストレス反応,希死念慮,孤独感が高かったことから,自殺対策の点からは注意が必要なソーシャルメディアであると考えられます。

6. ソーシャルメディアでの交流後の感情とメンタルヘルス

ソーシャルメディアを利用した後に,気分が沈んだり落ち込むなどのネガティブな感情経験が多いほどメンタルヘルスやウェルビーイングが悪く,気持ちが明るくなったり元気がでる経験などのポジティブな感情経験が多いほど,メンタルヘルスやウェルビーイングが良好であることが明らかになりました。

7. ソーシャルメディアの利用で留意していることの数とメンタルヘルス

ソーシャルメディアの利用に対する留意事項,自分なりのルールが多いほど,ウェルビーイングが良好でした。

政策提案・提言

1. 大学生(新入生)へのソーシャルメディア使用についての啓発

大学生のソーシャルメディアの使用時間が長時間に及ぶこと,特に大学1年生においてコロナ禍の影響を大きく受けていることが明らかになりました。大学生に対して,ソーシャルメディアのメンタルヘルスへの影響を伝えると同時に,使用時間・使用日などの目安を提示する必要があると考えます。

2. ソーシャルメディア不使用者への配慮

ソーシャルメディアを全く使用していないことは,大学生,労働者のいずれにおいても希死念慮,自殺念慮の高さ,およびウェルビーイングの低さに関連していました。ソーシャルメディアを全く使用していない人々は,ソーシャルメディアを用いた自殺対策からは漏れてしまうことが想定されることから,ソーシャルメディア以外の手段を用いた対策を継続する必要があります。

3. ソーシャルメディア使用とメンタルヘルスとの関連についての情報提供

大学生では,平日のソーシャルメディアの使用時間数と自殺念慮との間にU字型の関係が認められ,「2時間以上3時間未満」を超えると自殺念慮が上昇することが明らかになりました。また,Twitterを毎日使用することは大学生の孤独感の高さ,労働者の心理的ストレス反応,希死念慮,孤独感の高さと関連することも明らかになりました。
これらの結果より,ソーシャルメディアの使用時間や利用頻度を適切に維持するような啓発が,メンタルヘルスやウェルビーイングを維持するうえで必要と考えられる。

4. ソーシャルメディア運営会社における対応

ソーシャルメディアの種類によって心理的ストレス反応,希死念慮,自殺念慮との関連が異なることから,ソーシャルメディアの種類,特徴に応じた利用者教育やハイリスク者への介入が必要であると考えられます。

5. ソーシャルメディア内でのネガティブ経験の低減

ソーシャルメディアによる交流後の感情が,メンタルヘルスやウェルビーイングに影響を与えることが明らかになりました。ソーシャルメディア上での経験が自殺やメンタルヘルスの悪化につながることを避けるには,ソーシャルメディアの運営者がソーシャルメディアの仕組みを工夫をすることや、ソーシャルメディア利用者が,ポジティブな経験を最大化し,ネガティブな経験を最小化するようなメディア使用のリテラシーを持つことが必要と考えられます。

本研究の限界と展望

本研究は一時点における横断的な研究であり,ソーシャルメディア使用と,メンタルヘルスおよび希死念慮・自殺念慮の因果関係を示すものではありません。ソーシャルメディアの使用状況は,メンタルヘルスに影響を及ぼす説明要因でもあり,メンタルヘルスの状態に影響を受ける結果要因でもあります。

今後は,縦断的な研究によって因果関係を明らかにすることが求められます。今後さらなる検証を進めたいと考えます。

研究実績

  • 島津明人(2021)令和2年度革新的自殺研究推進プログラム「ソーシャルメディア を活用した自殺対策に関する研究」成果報告書,一般社団法人いのち支える自殺対策推進センター
  • 伴英美子・河田 美智子・時田 征人・島津 明人(2021)「労働者におけるソーシャルメディアの使用方法とメンタルヘルス,ワーク・エンゲイジメントとの関連」(産業・組織心理学会第36回大会論文集 P155-156),於同志社大学オンライン,2021.9.4-5
  • 宮中大介・伴 英美子・竹内 一器・時田 征人・河田 美智子・鐘ケ江周・島津 明人(2021)「労働者のソーシャルメディア利用とメンタルヘルス、ウェルビーイングとの関連 ~職場の支援とパーソナリティを考慮した検討~」産業精神保健学会,2021.11発表予定

本研究は一般社団法人いのち支える自殺対策推進センターからの委託による、令和2年度革新的自殺研究推進プログラム「ソーシャルメディアを活用した自殺対策に関する研究」(研究代表者:島津明人)の一環として実施されました。


研究者紹介

研究代表者 島津 明人(慶應義塾大学 総合政策学部・教授)
研究分担者 濱田 庸子(慶應義塾大学 環境情報学部・教授)
研究分担者 森 さち子(慶應義塾大学 総合政策学部・教授)
研究分担者 伴 英美子(慶應義塾大学 政策・メディア研究科・特任講師(非常勤))
研究分担者 宮中 大介(慶應義塾大学 政策・メディア研究科・特任助教(非常勤))
研究分担者 竹内 一器(慶應義塾大学 総合政策学部・臨時職員(研究員))
研究分担者 時田 征人(慶應義塾大学 SFC研究所・上席所員)
研究協力者 河田 美智子(慶應義塾大学 政策・メディア研究科・大学院生)
研究協力者 鐘ケ江 周(慶應義塾大学 環境情報学部・学部生)